本文へスキップ

瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶

TEL. 04-7179-0116 MOBILE. 070-6473-8710

千葉県我孫子市台田4-11-42 敬誠北柏ビル

染付花鳥文花瓶

川本桝吉とは

川本桝吉(初代:1831-1907年、2代:1852-1918年)とは瀬戸・北新谷の名陶工で「奇陶軒」と号しました。初代は加藤安左衛門の三男として生まれ、幼少期から高い技術力に定評があり、5代・川本半助の養子になった人物です。1862年に6代・半助に代を譲り独立し、瀬戸での最初の輸出磁器を生産し、1873年のウィーン万博に染付の瀬戸焼を出品し受賞しました。その後1881年に東京に輸出磁工社、瀬戸磁工社を設立、1882年には森村組の依頼でコーヒー茶碗の製作に成功した。1886年に隠遁して「桝山」と改めました。1894年には瀬戸町長も務めました。繊細な「染付焼」のものが多く、東京国立博物館や瀬戸のミュージアムなどでも同陶工の作品があります。また、ウィーン万博以降に日本に伝わった海外の新しい技術「石膏型」を伝えるため、自宅に「伝習所」を設け、そこに技術者を招いて広く石膏型の技術を伝えるなど、瀬戸での磁器生産の技術革新を進めた中心的人物でした。
< 主な受賞歴 >
1873年:ウィーン万博(受賞)、1876年:フィラデルフィア万博(受賞)、1878年:パリ万博(受賞)
1890年:第3回内国勧業博覧会(受賞)、1895年:第4回内国勧業博覧会(受賞)、1903年:第5回内国勧業博覧会(受賞)

商品説明

川本桝吉瀬戸焼の染付花鳥文花瓶です。明治・大正時代に欧米諸国に輸出され、約100年の時を経て日本に里帰りしてきました。

瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶 u2587_1
瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶 u2587_2
瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶 u2587_3
瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶 u2587_4
瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶 u2587_5
瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶 u2587_6
瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶 u2587_7
瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶 u2587_8
瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶 u2587_9
瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶 u2587_10
瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶 u2587_11
瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶 u2587_12
瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶 u2587_13

商品概要

  • 名称  瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶
  • 裏印  奇陶軒桝吉製
  • 状態  カケ・ワレ・ヒビなどなく良好な状態
  • 寸法  H:30cm L:14.5cm W:14.5cm
  • 素材  陶磁器
  • 原産  日本
  • 仕入  イギリス
  • 付属  作品証明書
  • 数量  現品のみ
  • 価格  お問合せ 【 u2587 】

瀬戸焼とは

愛知県瀬戸市とその周辺で生産される陶磁器の総称で、日本六古窯の一つです。室町時代末頃までは古瀬戸と呼ばれ、椀、皿等の日用品が生産されていました。桃山時代から、黄瀬戸・瀬戸黒・志野・織部などの茶器が茶の湯の隆盛に伴って多く焼かれるようになりました。江戸時代になると肥前の有田を中心にはじまった有田焼により次第に市場を奪われ、衰退していきます。1804年頃から1818年頃にかけて、加藤民吉親子が肥前有田から染付磁器の製法を伝え、磁器の製造が始まり、後に磁器が主流となっていきました。明治時代に入ると、欧米で開催される万国博覧会に出品し、「写実的で繊細な染付作品」が海外で高い評価を得て、輸出用の磁器生産が盛んになりました。川本枡吉、川本半助、加藤五助、加藤周兵衛、加藤春光などが有名です。
その他の瀬戸焼の名工作品を知りたい方はこちら>>

参考資料


その他の瀬戸焼の作品一覧

瀬戸焼 加藤周兵衛 寺院帆船文鉢
瀬戸焼 加藤周兵衛 寺院帆船文鉢

瀬戸焼 加藤紋右衛門 染付花鳥文花瓶
瀬戸焼 加藤紋右衛門 染付花鳥文花瓶

瀬戸焼 加藤春光 花文バスケット形菓子器
瀬戸焼 加藤春光 花文菓子器

瀬戸焼 加藤五助 染付三脚付菓子器
瀬戸焼 加藤五助 染付三脚付菓子器

瀬戸焼 加藤勘四郎 染付風景文花瓶
瀬戸焼 加藤勘四郎 染付風景文花瓶

瀬戸焼 川本桝吉 緑地花鳥文花瓶
瀬戸焼 川本桝吉 緑地花鳥文花瓶

瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶
瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶

瀬戸焼 加藤春光 花文水差
瀬戸焼 加藤春光 花文水差

瀬戸焼 加藤春光 蟹蛙フィギュア付花鳥文皿
瀬戸焼 加藤春光 蟹蛙付花鳥文皿



トップ > ラインナップ > 瀬戸焼一覧 Vol.001 > 瀬戸焼 川本桝吉 染付花鳥文花瓶